ランドセルを学習机の上に置き、引き出しを開ける。ドラえもんが出てくるわけでもない、ごく普通の引き出し。
 財布を取り出し、面ファスナーをばりばりと剥がして二百円を放り込む。ウエストポーチに3DSと財布を入れて腰につける。それが僕の全装備。
「亨、五時半には帰ってくるのよ」
 母は僕の方を見ずに、トルソーの服を着替えさせている。今度は花柄のワンピースだった。
「連絡帳、印鑑押して」
「あとで見るから、そこに置いといて」
 なにかが納得いかないのか、母は首をかしげてワンピースを眺めていた。

 パーカーが必要なほどに気温は下がっていたけれど、外にはまだ蚊がいる。おかしな気候だと大人たちは言う。昔はこうじゃなかったと。
 家から公園へ行く一本道で、どうしても『よしなが酒店』の前を通り過ぎる。扉は常に開いている。中にいる人たちと目を合わせないように、僕は早足で歩く。