小学校から帰宅すると、母はいつものようにトルソーにワンピースを着せていた。僕が学校に行っているあいだ、母はずっと裁縫をしているのだろうか。朝には一枚の生地だったものが、夕方には洋服の形になっていたりする。
「おかえり、ちょっと買い物に行ってくるから」
 トルソーの脇腹にはまだ数本のまち針が刺さっている。
「うん」
「針が危ないから触っちゃダメよ」
 母はジャケットをはおり、スマートフォンをポケットに突っ込む。台所を一旦出てから思い出したように引き返し、二百円を僕に手渡す。

 母のいない家はしんとした水底みたいだ。
 僕はランドセルを学習机に置き、財布に小銭を入れる。面ファスナーの音がいつもより大きく聞こえる。
 ごとん。
 玄関の方から物音がする。ウエストポーチに財布をしまい、様子を見に行く。
「新聞かな」
 夕刊はもっと遅くに届くはずだけれど、僕は新聞受けを開いてみる。そこには金色の封筒が入っていた。
「僕宛?」
 宛名に『高木亨様』と印刷してある。僕はその場に立ったまま金色の封筒を開封した。