玄関扉は布のように縦に裂けていた。柔らかそうな裂け目から、帯状の光がこちらに伸びてくる。まるで僕を誘うように。
 なぜだか疑問や恐怖を感じることはなかった。僕は裂け目をまたいで、扉の向こう側へと一歩を踏み出す。

「あれっ?」
 気がつくと僕は玄関の外側に立っていた。
 振り返りドアノブを回す。鍵がかかっているのか、扉は開かない。
「なんか変……」
 景色が少しだけ違って見える。ベージュだったはずの玄関扉はクリーム色で、304号室という表示の横にあったはずの『高木』の表札が消えている。呼び鈴を鳴らしてみるけど当然のように誰も出てこない。

 不思議に思いながらも、僕は階段を降りて団地の外に出る。
 駐車場にあったはずの鉄柵は、緑の生け垣になっていた。駐輪場の屋根はなくなっていて、その隣にある桜の木が、随分と細くなっている。
 風は冷たいのに、手のひらがじっとりと汗ばんでくる。僕は錠前を握ったままだったことに今更気づく。
「一九八五……」
 四桁のダイヤルには、そう表示されていた。